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「奈良紀行~‘きもちの洗たく’の旅~薬師寺編」 
「奈良紀行~‘きもちの洗たく’の旅~薬師寺編」
今回は、前回の「唐招提寺編」に引き続き「薬師寺編」です。

その前に、前回「唐招提寺編」では、写真はどうしたんだ・・・という声がありまして、確かに写真が無いとあまり興味をそそらなかったかも・・・そこで遅ればせながら唐招提寺の写真を載せましたので見て下さい。

~「唐招提寺・追加編」~

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これが有名な‘金堂’です。

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‘金堂ののびやかな軒先’

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これは、毎年5月19日に行われる「梵網会(うちわまき)」でまかれるうちわです。
ちょうど行った時、うちわの柄になる竹を干してありました。



いよいよ本題の  ~「薬師寺編」~

薬師寺といえば、有名なのが仏像では「薬師三尊像」、建物では「東塔」(創建当時から唯一現存する白鳳時代建築物)と西塔」(昭和56年復興)、そして今は亡き名物管首だった「高田好胤さん」でしょうか。

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 ‘薬師寺の與楽門(北側の入口)’

久しぶりに訪れてビックリです・・・いろんな建物が復興されすっかり整備されてるのです。

初めてここを訪れたのは、思いおこせば30数年前の中学生の時の修学旅行でした。建物は少なく、広い敷地にポツンと東塔と金堂(確か再建工事中で「薬師三尊像」は仮設建物に安置されていたような・・・)そして東院堂があった位だったと思います。

当時はまだ西塔が復興されておらず、そこには基壇だけがありその場所で当時管首の「高田好胤さん」から何年後には西塔が建つんだよという話を聞いた事を思い出します。

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 これが‘復興された金堂’です。奥に見えるのが‘西塔’です。

あれから30数年が経ち、金堂・西塔・大講堂・中門・回廊等が復興され今日では立派な伽藍が復興構成されています。ちなみに、東塔は現在解体修理の調査のため足場が組まれシートで覆われていたので見ることができませんでした。


ここで、東塔・西塔について建築的な話をしますと、塔の屋根が6重にあるので6重の塔のように見えますが、軒の出の少ない屋根は裳階(もこし)と言って雨水風から軒先の木組みを守護ためにとり付けられたと言われており、六重の塔ように見えますが構造的には三重の塔です。

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 これが、六重に見えますが三重の塔の‘西塔’です。

後に聞いた話では、昭和42年「高田好胤さん」が管首に就任すると伽藍の復興を志したのですが、薬師寺には檀家組織が無かった。そこで高田好胤さんは全国の篤志の人々から一人1000円の写経納経の供養料を集め勧進を行い、これを復興資金に当てようと考えたそうです。(それが今も続いている‘写経勧進’)
その写経勧進も平成9年には六百万巻を越えこの復興事業を支えているそうです。

 復興された建物や仏像を拝観し、1300年前に発願された心がこの現代の人々にまで延々と受け継がれ、そして今日の現代人に共感と感動を与えているのを感じた時、時代は変わっても人の心の奥にかかえているものと求めているものは変わってないんだなと気づかされました。

訪れた日は天候も良く少し流れる風はまだ肌寒ったのですが、境内の梅の木には花びらもほころび春の訪れを感じる穏やかな日でした。

                                                  合掌

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 薬師寺境内で頂いた‘抹茶’(茶碗は奈良の赤膚焼)です。


~追伸~

今年、奈良は平城遷都から1300年を迎え「平城遷都1300年祭」をやってます。よかったら、古寺探訪に出掛けてみてはどうでしょうか。

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